2007年7月29日

先日、「炎天下にケージ(48x30x38cm)に入れられた仔犬がいた」と妻が言った。
既に、猛暑日も8日目。
それが本当ならば、その仔犬の命の保障はない。
しかし、「まさか」の一言で気にもとめていなかった。
さて、一昨日、娘が自転車を購入してきた。
そこで、38度Cもものともせずに部落一周を試みた。
グルリと回ったところの藁葺き屋根の家にさしかかった時である。
炎天下の灼熱の庭先に空のケージ(?)がほったらかしてある。
通り過ぎようとしたが、僅かにボロ切れみたいなのが目についた。
近づくと、動いた。
なんと、それは、2~3ヶ月程度の未だ幼い白と黒のシー・ズーだった。
「あー、この仔犬のことを言っていたのか」と思った。
「警官にでも飼育指導してもらう」と考えて、最寄りの派出所に向かった。
途中で、一応、「かくかく、しかじか」と、妻に電話で報告。
「やっぱし、昼は外に出しとるとじゃろが」
「しかし、なんば悠長なことばしよると。この暑さじゃ死ぬよ」
「私が、今から、乗り込んじゃる」
派出所は留守だった。
引き返すと、すでに庭先に妻の車が。
家人は中にいるようだが呼べど答えずのようである。
「あんなことをしていると死んでしまいますよー」と妻の声。
玄関から出てきた妻は、それはそれは怖ろしい顔をしていた。
「警察もクソもあるもんね!さっさと乗り込まんでどうすると!緊急事態じゃないの!」
「これで、何とかするとじゃなかと。プンプン!」
まあ、そう願いつつ久々の投稿を締めくくることにする。
※家の佇まいや場所、犬種等に関しては事実とは異なっています。
補足:2007/09/01
炎天下放置が改善されたのは数日だった。
その後は、昼夜の区別なく外に放置されるようになった。
雷の日なんか、ケージが壊れているので脱出を試みて首吊りになったり散々。
その度に妻が、救急隊員に変身している。
九死に一生を得て何とか夏場を生き延びたが、次は、冬が待っている。
心配なことだ。
しかし、乗り込んだ以後、多少は改善されてた。現状は、虐待ボーダーの飼い方。
見守る以外にないというのが実情である。
2007年6月28日
昨年の10月16日の手術から253日が経過した6月26日の午前中、サクラは永遠の眠りについた。
5月に入ってからは2日に1日しか食べない状態が続いていた。
6月に入ると3日、7日、そして11日の3日しか食事をしなかった。
10年前に山で拾った時の体重は僅かに17Kgだった。
保護した翌日には動けなくなった。
主治医の懸命な治療の結果、何とか危機を脱した。
1年後、サクラの体重は27Kgに戻った。
今月の1日、ついに体重が19Kgを切った。
固形物がダメならと、ミキサーでの液状の食事に切り替えた。
それも受け付けないということで、スープを飲ませることにした。
体重が17Kgに向けて急降下しだした。
6月25日、病院で最後の診察を受けた。
院長は、「これからは、水だけを与えて下さい」と言った。
治療も、注射と薬で痛みを緩和するだけに切り替えた。
が、渡された錠剤は1回分だけだった。
「2回分は必要ないでしょう」との声を後に帰宅した。
前夜に続き、私は、リビングに布団を敷いて添い寝した。
6月26日朝、目を覚ますとサクラも目を開けていた。
私は、ほとんど反応しなくなったサクラにスポイドで水を飲まして会社に出勤した。
ほどなく携帯電話が鳴った。
「今、サクラが死んだ」と妻が伝えた。
「サクラ、良く頑張ったね。Good!Good!」
私は、花束に添えたメッセージカードに最後の褒め言葉を書いた。
推定14歳と2ヶ月。サクラの体重は、きっかり17Kgだった。

2007年2月10日

【アンマン食べていいよ!】 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 明日は、初代ハスキーの3年目の命日だ。 その前日の2月10日。 サクラの術後の経過を確認するためにマリーと同じ道を走った。 「CTとかレントゲンとかの必要はないね!」 「しかし、性質(たち)の悪い腫瘍だね!」 「これじゃ、手術しても、また直ぐに再発するね!」 帰路、私達は、迷わずアンマン屋の前で車を停めた。 「いいかい!このアンマンは、マリーも雅美、健太、皆が食べたんだよー」 「今度は、お前が食べる番だよー!」 「どう、そろそろお父さんも食べる番じゃなーい!?」 「・・・・・」 ***** 「ところで、この子の血液検査は驚くべき数字だねー」 「ハスキーで13歳なのに、3、4歳の若い犬並みの数値だよ」 「この腫瘍さえなければ、もう、3、4年は生きる勢いだね」 しかし、サクラよ!もういいだろう! 好きなアンマンを腹いっぱい食べて楽しく暮らそうな! ***** 「しかし、寂しいねぇー」 「シベリアン・ハスキーは、この子と今入院している子の2匹だけになった」 「あの頃のブームが嘘みたいだね」 マリー!今日は、色んなことを考えたよ! マリー!お父さん達は、また、あの道を走るよ! ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ |
2006年11月20日

【往復6時間】 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ どうにも術後の経過が悪い。血膿ポタポタが改善されない。 甲状腺剤の投与も、飼い主の独断で開始した。 そういう事情で、往復6時間での越境治療に踏み切った。 まあ、初代ハスキーは、週末通いを4ヶ月は続けた。 「楽しい楽しいドライブ」と思えば良い。 「2、3回で済めば良いがなー」と思っている。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ |

【意見一致】 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 先ずは、血膿を顕微鏡で観察し抗生剤の必要性を確認。 血液検査も行うが、ほとんどが正常値。 甲状腺剤の投与も当然ということで意見一致。 「このまま家庭での治療を続行すれば良し」ということで帰路に着いた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ |
2006年11月13日

【妄動犬】 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 1、2頭の時は、「休み=お出かけ」の等式があった。 が、5頭になってからは、「休み=お留守番」ということが常態化した。 昔は、公園でも犬の群れと仲良く遊んだものだ。 年月を経て、ようやく3頭まで減った。 「桃太郎は、社交性の高い犬にでもするか!」 そういうことで、お出かけした。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~< TD> |

【盲導犬】 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 盲導犬のデモをやっていた。 桃太郎は、「ねぇー!遊ぼう!」とモーションをかけることしきり。 盲導犬は、チラリと見るが我慢したまま! このチラリが、正規の盲導犬になれなかった理由だから厳しい世界である。 それにしても、400人の希望者に対して僅か21頭が訓練中に過ぎないとのこと。 「ウーン!」と考えさせられる盲導犬の実態である。 それでも、子供達の真剣な眼差しに希望を見た気がした。 この後、我が家の妄動犬は、少し、距離を置いた所に繋がれたのは言うまでもない。 ***** 留守番ばかりのペットと何時も飼い主と一緒の盲導犬。」 「みなさんは、どちらが幸福だと思いますか?」 考えさせられた! ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ |
2006年11月12日


ガウーッ!ガウーッ!ガウーッ!
(実際は無音!!)
サクラは、治療を終えて寝室でお休みの最中!
日曜日の午前中の一時。
思いっきりのガウーッ遊び。
2006年11月11日

サクラの術後が思わしくないので桃太郎は遊べない。
「遊びたいよー!」と訴えることしきりだ。


ついに、喉の傷が縦3cmに裂けた。
そして、膿が流れ出した!
「抗生剤の投与はしない!」
「自然治癒力に任せるべし!」
まあ、それも獣医師としての一つの考えであろう。
が、どうも裏目に出たようだ!
パックリと喉が裂けて中が見えている。
素人考えでは、とても重大事のように思われる。
そういうことで、大量の治療のための薬剤等が揃えられた。
傷による「これまでか?」という重篤な事態は過ぎた。
が、今度は、傷自体が化膿して開口した。
まだまだ、サクラの危機は続く。
共働きなので十分な自家治療は明日まで!
一両日で好転させたいものだ。
「あー、ついに力尽きた!」
ベッドのまま動物病院へ。
が、「積極治療の必要なし」とのこと。
止む無く、その足で他院の門を叩く。
一転して可能な限りの積極治療。
まあ、これで先の危機を脱したのは間違いない。
一件落着と思った矢先の傷の開口。
なかなか、自然治癒重視も上手くいかないものだ。
<必要な治療を必要なだけ>
このような考えも判るし、なによりも、対応全体に犬への愛情を感じる。
手術自体非常に難しいもので、それを成功させた腕も確かである。
主治医のためにも、ここは飼い主が踏ん張るべきだろう!
2006年11月2日
2006年10月21日

確か9年前の11月22日と思う。
出勤すると「ハスキーが山に捨てられている」と耳打ちされた。
早速、昼休みを待って一走り。
「サクラ」と呼んでみた。
(もちろん、名前など知るよしがない!)
すると、一匹のハスキーが木陰から歩み出た。
「おいで!」と呼んだら駆け寄って32回も顔を舐めた。
清水山の頂上付近の広場での出来事。
帰り道で捕獲に向かった保健所の車とすれ違った。
「車の下に怖い犬がいる」との観光客からの通報があったらしい。
何が怖いというのだ!通報する人間の方が怖い。
追われて山に逃げ込んだのが生死を分けた。
「九死に一生を得た」という訳だ。
写真は、同年11月に撮ったものだ。
体重は、僅か17Kg。
約10Kgも痩せていたから、相当期間食べてなかったのだろう。
ほどなく、「立てない」「食べられない」の危機が襲った。
更に、フィラリアによる吐血にも襲われた。
様々な窮地を乗り越えてきた9年だった。
写真のサクラは、推定3歳。若い。


待てやお座り 覚えても
どうせ私は 山のゴミ
もらえるエサは 変わらねぇ
夢は夜ひらく
シベリア育ちと 人は言う
どんなに記憶を たぐっても
思い出すのは 清水山(きよみずさん)
夢は夜ひらく
私を拾った 飼い主は
金が足りぬと 今日も言う
つくづく私は 運がない
夢は夜ひらく
前からいたと いうだけで
大きな顔して 噛みまくる
柴犬なんぞ 見たくない
夢は夜ひらく
電信柱に 八つ当たり
すれば心も 晴れるだろ
メスの私にゃ それさえも
夢は夜ひらく
僅かばかりの 褒め言葉
なぜに尻尾が 揺れ動く
遠い昔が 蘇り
夢は夜ひらく
夢は夜ひらく 歌ったら
ムダ吠えするなと 怒られた
どうすりゃいいのさ この私
夢は夜ひらく
こんな私の 一生を
どんなに熱く 唄っても
犬の歌など 誰が聞く
夢は夜ひらく
補足1:
2006/10/20から手作りアシスタントベストの助けをかりて歩き出した。
2006/10/21朝は、庭にも出た。
が、肝心のUNCHIがまだだ。
多分、多少運動もしたので、今日中には・・・。
補足2:
2006/10/21PM4:45。「今、サクラが UNCHI した」との電話。 長さ18cmの立派なものらしい。
補足3:
「新夢は夜ひらく」は、オヤジの戯言。
だが、「広島ドッグパーク」と「カジノでの豪遊」との2つのニュースに接すると複雑だ。
「涙の河を振り返れ!」と言っても通じないだろうが、 「振り返れない人生」には哀れも感じる。
結局は、「夢はひらかなかった」ということだろう。
2006年10月19日

2006年1月14日、呼吸音に異常を感じて隣県の病院で健康診断。
「ゼーゼーは、この子の癖!」で一件落着。
が、実は甲状腺ガンを発症していたようだ。
喉を切開したところ腫瘍に圧迫されて気管支が変形していた。
10月16日。2時間半の手術で問題の腫瘍は切除された。
が、その後、17、18、19日と全く動けない。
体の向きも変えることが出来ない。
「サクラ!ファイト!」
「サクラ!立て!」
それにしろ、妻は気が早い。
アシスタントベスト、歩行補助ハーネスの調査・検討に余念がない。
「ウェーン!ウェン!」-サクラが呼んでいる。
多分、シッコだ。
「また、少し、腰を持ち上げて!」ということだろう!補足:
2006/10/20。朝6時半、サクラが50cmばかりいざった。
こうなれば、妻がバックの両脇を切り裂いて作ったアシスタントベストの出番。
バッグで胴を「エイ!」と持ち上げて廊下に。
オムツを取るとあたり一面がシッコの海に。
後は、4日振りのUNCHIが出れば一安心である
2006年10月17日

細い絆が 何になる
切れて離れりゃ ちぎれ糸
平成余年 冬の朝
白く吹雪けば 尾も乱れ
待てと言われて 誰を待つ
白く吹雪けば 尾もしだれ
サクラと呼ばれ どうしたの
楽しかったわ 夢見たの
力の限り 野をかけた
お座り伏せも 覚えたわ
こんなかたちで さよならを
する日が来ると 誰が知る
山で拾われ 早九年
すぎにし日々は 走馬燈
サクラと呼ばれ どうしたの
赤い絆に すがりつき
ああ お母様の 夢を見た
サクラと呼ばれ どうしたの
ああ お父様の 夢を見た
ハスキーサクラの物語
お泪頂戴 ありがとう
<補足>
「転移していれば手術自体が無駄ですよ!それに、リスクを考えると・・・」という医師。
「先生の愛犬ですと、このまま放置しますか?」
「私の犬であれば、手術をするでしょうね!」
「だったら、お願いします。」
2006/10/17。サクラは、奇跡の生還を果たした。
大量の出血で歩くのもやっとだが、生きて戻った。
多分、余命は1年未満と思われる。
そんな事は百も承知である。余命を<夢のように過ごすための手術>なのだ。
2006/10/18。立てない状況は依然と続いている。
これまでの術後とは明らかに違う。一両日が峠か?
※あがた森魚氏の「赤色エレジー」を聴きながら書いたので酷似している部分があります。
2006年7月21日

7/18の夜、下腹部をナメナメ、カミカミ。
例年のことだが、これで一発で皮膚が赤く腫れ上がった。
みやび用のステロイドと抗生物質が残っていたので処方。
ネッカーをしてやった。
後は、病院で痒み止めの注射をしてもらえば万全だ。
週末までには直り、ほとんど、再発もないだろう。
*****
それにしても、ネッカー一つで病犬気取り。
とっても、気が小さい「ひなの」である。
2006年7月20日
余りにも見苦しいショットで一度は削除したが・・・。
少し、周辺を隠したが、やっぱ、公序良俗に反している感が残った。



先週は3連休だったので、みんなをお風呂に!
ハスキーは、8年前に保護した日にも、こんな感じでシャンプー!
頭を私に擦り付けてくるのは、何時ものことだ。
ゴールデンは、湯船につかる。
流し忘れて、「今日は、犬の毛が浮いていた!」と子供が言ったこともある。
しかし、M・シュナウザーは、やはり小さいので楽である。